記事一覧

思うこと

******
地震直後、この地震は「東北地方・太平洋沖大地震」と命名しされたハズなのに…。
いつの間にか、「東日本大震災」と皆が呼ぶ。
 
なぜ?
正式名称が変わったの?
 
で、調べてみたら
「大規模な被害を出した地震の場合、地震そのものと震災で名称・表記が違うことがあり、今回の震災についてもマスコミなど各組織はいくつかの名称を用いている」
(wikipediaより抜粋)
とあった。
 
確かに「地震」と「震災」は別だな。
うむ。
 
 
 
そんな震災から3週間が過ぎようとしています。
これまで様々な事が起こり、様々な発表・発言があり、それらに対するコメント(賛否両論)があった。
 
原発問題が勃発した直後だったか、どこかの誰かが
「隠さない、嘘をつかない、過小評価しないことが重要」と公言した。
 
個人的には、どうも守られている気がしない。
実際、異常な数値が検出されていたのを報告していなかったり、コメントの訂正が繰り返されたり…。
 
国民はそれら発表だけが頼り。
それなのに、発表内容がそのような状態では何を信じて良いのか判らなくなって当然。
デマを信じるなと言われても、どれがデマでどれが真実か判断できない。
 
 
挙句の果てには「天罰」発言や「震災が起きて良かった」発言ときた。
 
東北を始め、被災した国民が、天罰を受けるような事を何かしたか!?
むしろ、天罰を受けるべきなのは、保身のために隠し事や嘘をつき国民を犠牲にする、監督者や責任者、政治家など上にいる人間だろ!?
 
今回の発言は、「自分には関係ない」という考えがあるからこそ出た言葉。
本心から震災の悲惨さ、事の重大さを理解しているなら思いもしない言葉だ。
後になってから「失言でした」で済むと思ってんの?
もっと自分の発言には責任を持つべき。
人の上に立つべき立場の人なら尚更。
 
その上、自分達は動かず、安全な所から指示するだけ。
実際に現場へ足を運ぶことすらしない。
某人は、現地に行く予定でいたけど天候(雨)を理由にしてキャンセルしたとか。
ふざけるな!
実際その場所で必死に活動している人達がいるのに。
それでは口だけと言われても仕方ない。
国民が不安になって当然だ。
時として、大将や指導者(責任者や代表者)が兵士(現場で活動する人たち)の前に出ることも士気を上げるという意味で重要な事。
 
所詮は他人事ですか? 
 
 
計画停電に対して文句言う輩も多いみたいだ。
都心の電力のために、無関係な福島県民が犠牲となっているのに。
原発を完全に失い長期的な完全停電になることに比べれば一時的な停電なんか問題ないだろ。
被災地では数日間、一部では現在でも停電が続いていると言うのに、自分勝手すぎる。
現状を実感している東北や近県では文句を言う人はいないぞ。(だよね?)
 
「計画停電」も、実行したりしなかったりと不安定だから問題なんだと思う。
その時の電力に関係なく定期的に実行して「日常」にしてしまえば良い。
エリア間での「○は実行されて○はされない」という不公平もなくなるだろうし、停電に対する対応も考慮し易くなるだろう?
それこそ「計画」ではないか。

ACのCMに苦情を言ってる人も多いらしい。
なんて心が狭いんだろうか。
自分勝手なクレーマーが多いな。
 
 
原発問題では、様々な専門用語とか難しい言葉が出てきて理解し難い。
大抵の国民は数値の高さで判断する。
そこに「通常の○倍量が検出された」と言われたら不安になるのも当然だろう。
自分も、「それで本当に大丈夫なのか!?」と疑ってしまっている。 
 
そんな時に見つけた、お絵かき仲間のブログにリンクされていた記事。
「正しく知って、正しく怖がる」
http://www.geocities.jp/milkyway_amanogawa/jishin.html
(出来ればPC閲覧推奨)
 
ぜひ皆さんも正しい知識を身につけて欲しい。
 
 
皆様から送られた義援金が、あまりに多額であり分配できずに入るらしい。
公平に分配したいため、どこにどれくらいの額にするか考慮中だとか。
この非常時に…。
今は、公平よりも迅速な行動だろ。
「このまま有効活用されないのでは」という平民の危惧ももっともだと思う。
一体何のための義援金なのか?
どうしてもっと臨機応変に出来ないかな。
いちいち「会議」だの「話し合い」しなければ次に進めない。 
そして、先ずは○○を通して、○○に引き渡して、それから…。
まぁ、そこが責任のある上層部の辛さかな?とも思うけど。
 
それらを考えると、今は「お金」よりも「物」な気がする。
お金じゃ腹は膨れないし暖も取れない。
義援金が物資の費用に使われてる様子もないし…。
 
義援金を送ってくれる気持ちは嬉しいのだけど、それが被災者(避難者)に届かなければ意味が無いよ。有効に使われないと意味が無いよ(泣)。
義援金の殆どは「街(地域)の復興」の方に使われるんだろうな…。
 
 
震災後、様々なイベントなどが中止または延期となった。
被災者の心情を思って、節電・節約、様々な理由はあるだろうけど、過剰と思える部分も中にはあったりする。
 
「節電・節約」は別として、「被災者の心情を思って」と言うのは有り難いが逆の考えもありだよね?
確かに悲しい出来事ではあるけれど、だからと言って楽しい思いをしてはいけない訳ではないでしょ?
悲しい時だからこそ、その悲しみをも超える大きな楽しみを与えて欲しいとも思う。 
悲しいからと言って、皆が同じように悲しんでいては前に進めないと思うんだ。
 
暗い闇の中では、どこに向かえばいいか判らず、うずくまったまま動けず前に進めない。
そんな中に、たった一つ、例え小さくても弱くても、明るい「光」が見えれば、人々は自然とそれに向かって(ゆっくりでも)歩き始めると思うんだ。
 
そのために、例え非難されても、明るく振舞うのは必要な事だと。
 
悲しい出来事を忘れろとは言わない。
忘れる必要はない。
その悲しみと同じか、それ以上の「楽しい思い出」もあれば、悲しみの重さが半減するのではないか。
震災を思い出したとき、悲しい思いだけでなく楽しい思いも思い出せたら…。
 
某マンガでは、大阪での震災跡地に子供達と野球場を作り野球して「楽しい思い出」を作っていた。
現実的には様々な問題が出てくるだろうから実現は無理だろうけど、考え方は同じだと思う。
 
それまで見知らぬ人だった人達と、避難所で共に生活した事で生まれた親近感とか仲間意識みたいなものもあり。
協力しながらの生活は、辛いけれどそれなりに楽しかったとか。
 
「空元気でも元気」と言う言葉がある。
多少無理をしてでも元気に振舞うのは一歩を踏み出すキッカケになると思う。
 
とにかく、黙ったまま動かないのは良くないと思う。
気持ちが沈むばかりだ。
先ずは動くこと。
体を動かし続けていれば、気持ちも動き始めるよ。
 
 
そして、某CMで某アスリート選手のセリフ。 
「良い時も、悪い時も、人生を楽しんでいたい。」
 
ウチが実感し共感したセリフ。
 
 
そういえば、某アニメでの「良かった探し」というのも使えるかもね。
 
 
悲しみに潰されないように、負けないように、行き(生き)ましょう。
 
 

タグ:震災